勇気と想像力、そして少々のお金

きれいごとを言わない、をモットーにしてますが、時折言ってます。

本当に必要なものに寄り添う「買い手」と「売り手」に

昨年から継続中の経済不況の連鎖ですが(←何て言えばいいんでしょ)、日本で営業する国内/外資系の生損保ほぼ全ての2008決算が出揃ってました。で、それを見ていたのですが、その状況はもやは言わずもがなです。もごもご。
2008年はそれで済んでいますが今年はいったいどうなることやら、なんてちょっと(悲観的に)思います。
と、マクロな視点で保険業界を眺めれば好きなことを何とでも言えるんですが、実際の自分のお店や属する会社の経営状況は、そして関わるお客さんたちどうなんだ?ということなんです、問題は。
はっきり言いまして、残念ながらうちでも解約件数が、先月から「じわ、じわ」と目立ってきました。
新規の契約件数が今後伸び悩むことは必至で(嫌だなぁ)、3歩進んで2歩下がるような質の低い商売を絶対にしちゃいかんなと気を引き締めているところです。
「どこだってそうだよ」「もっとひどいよ」と同業他社の声を聞くのですが、自戒を込めて心底思うのは「それを、いらないのに持っている/持たせているからでしょ」ということです。
つまり、とりあえずという感覚で毎月支払う保険商品なんて買っちゃいけないし、勧めちゃダメだよな、という消費の基本原則のことです。それがどんな媒体を通してであれ。
生活基盤の優先順位をよく考えて、支払う保険商品の優先順位が低ければ解約して当然ですもんね。そんなものはそもそもその程度のモノだったわけですから。で、もし仮に、その保険という商品が余剰商品として存在しているのならば不要になって当たり前だよな、と思うわけです。(ここで誤解して欲しくないのは人によっては保険を賢く使って上手に人生のリスクをヘッジしている方もたくさんいらっしゃいますし、その辺は僕もよくわかっています。むしろ売り手としての僕は常にそういう登場の仕方をしたいと思っています。保険、侮るべからずです、はい。)

先日3回に渡って金城さんのブログで「ラチェットさんの話」をしていました。僕なんかは初めて知ったのですが、その内容の分かりやすさに大いに頷いていました。「うんうん、いるいる」、なんて自分を棚に上げつつ読みました。

あなたはこうしてたぶらかされる
http://d.hatena.ne.jp/simpleA/20090604

誰だって多くを売り上げたいし、同時に賢く消費したいんですよね。でも同じ人間に同時に起るこの矛盾を受け入れがたいんだよなぁと。
僕を含めてほとんどの人が「売り手」側(供給側)に属して仕事をしているのに、どうして「買い手」側(需要側)の心境をまるで自分とは別物として考えてしまうのか、その不思議はなんだろな、なんてよく思います。(別物として考えるというより売りたいが為にこっち都合で歪めることの方が多いような・・・)
この「売り手」である前に自分も「買い手」なんだ、ということを忘れるんです。
で、変なのは理屈としてみれば結果として「売り手」側が大体勝っちゃうんですよね。例えば「今、一番売れてます」「これからはこの○○です」というキャッチコピー/理屈もそうですが。そうなると「買い手」側は思考する前に屈しちゃうというか・・・。


・・・話がずっとぶれ続けて申し訳ないんですが、書きたかったのは、当分続くであろう目下の不景気の状況は「売り手」側で取り繕ってきた理屈がどんどん暴かれてしまう、という辛いけれどもいい機会なのかな、と思うわけです。行政側の提供するものに対しても大いにそうですね。定額給付金、あれ、何だったんでしょうか。
ただですね、これは想像以上にとっても痛みを伴うことだと思います。「売り手」においても「買い手」においても、その行為の中での遊びの消滅とまでは思いませんがそれに近いことが迫ってくるのかなぁと。・・・ううむ。
僕個人としても属する会社としても、きっとこれまでに比べたら‘面白くない’‘笑えない’状況がまだまだわんさと出てくるんでしょうが、「あぁ、自分の人間力を試されているなぁ」「俺、寅さんになれるかなぁ」なんて思うことが増えてきている現状を踏まえつつ、出来る/動ける範囲で愚直に最善を尽くすしかないぞ、と、日々お客さんと一緒に悩みながら感じています。*1

*1:そんな僕は、未だに「売り手」として「買い手」に対しての100%の解が出せずにいます。「買い手」としての僕も「売り手」から100%の解を味わってないと思います。・・・いや、幼い頃のラジコン、あれは僕の120%でしたね。あんな消費/モノの受け方を味わうことはもう無いのかなぁ。