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勇気と想像力、そして少々のお金

きれいごとを言わない、をモットーにしてますが、時折言ってます。

2014年のはじまりに

年末の30日、子どもと凧揚げに夢中になりすぎてポケットから気持ちよく飛んでいったiPhoneのガラスを破損し、いったい何度目の光景だろうと思いながら年を越しました。

2014年もどうぞ宜しくお願いします。

今回のお正月は仲間のおかげで本当に久しぶりにゆっくり過ごせたのでテレビをダラダラと見て、子どもや甥っ子姪っ子と遊び、酒を飲み、親戚に呼ばれては飲み、家に帰っては酒を飲み、わいわい語り合いました。テレビが常に話の種を振りまいてくれるおかげで、天皇制やら靖国やら中国やらアメリカやら添加物やら地震やら北島三郎やらボクシングの井岡やら国境線やら、それは色んな話しをすることができて、時に危ない橋を渡りそうになりながらもひょうひょうと身を翻しつつ、楽しく過ごしました。

世相というものがあるのか思い込みなのかメディアのせいなのかよくわかりませんが、最近は目の前の出来事にゴツゴツとそれは不器用に一生懸命なので、身辺から遠くにあるいくつもの出来事を深く考えることがなくなってきているのが現状です。これが不思議なもので、直接的にその遠くの事をあーだこーだと考えているよりは、身近な出来事に深く関わって必死にもがいていると、遠くのそれらの出来事に対する自分の考え方がまとまってくることがあります。下手な考え云々ということもあるなと思います。

そういう中で年々強く思うのは、自分の力の及ばないところで決まった仕組みや慣習には極力影響を受けない/そのせいにしない生き方をしたいということです。そういう「思いの継続」が、自分を形作っていく一つのモノなんだろうとも思います。

はい。


仕事において、今年はまた一つ確立したいものもありますし、常に危機を感じながらではありますが、強がりながらも楽しんで事に当たっていこうと思っています。

家族に対しては、えーっとですね、最善を尽くしたいと思っております。

年の瀬、雑感

年の瀬ですね。実感が全く無いですが。

たまに、中長期的な展望を描きながら動くことがあります。予測の元に、です。
今年も何度かありました。
しかし、こうやって一年をそっと振り返ってみたら、大体が行き当たりばったりで、物事にぶつかった時の熱量で動いてきたことがよくわかります。ぶつかった時の熱量の出し方は、ちょっとは上手くなってる気もします。良かれ悪かれ。
それぞれが思い通りに行ったかといえば、イエスでありノーだなと思います。
人にできるだけ迷惑をかけたくないとわりかし思っているほうなのです(思い込みかもしれません)が、実際は、迷惑をかけなければ成長できないこともよくわかってます。つまり、今年もいろんな方に迷惑をかけながらやってきたなと思っています。
本当に有難うございました。

坦々と書きましたが、要所で不甲斐なさを露呈した面もあり、凹凸感満載の一年だったので反省してます。
まだまだです。

沖縄、三河安城、岡山と、長い前置きの後に。

この約1ヶ月、色んな場所で、色んな人と会って、色んなことを考えた。常に「居る」当たり前のこの日常に、彩りを与えてくれるのは、人との会話や出会いなど。結局のところ、いつも居る場所と違う状況(場所的であれ心的であれ)で遭遇する「変化」が時折あること。それが、日常を愛でてゆける今の秘訣だ。今のところ。
仕事でも家庭でも、この騒々しい毎日を。きっと、いや間違いなくいつの日か、この状況を狂おしいほど懐かしみあの日々は最高だったと思うに違いない気もする。未来、そうあって欲しいし、そういう生き方をしたい。
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沖縄で、金ちゃん(id:simpleA)と共に比嘉ちゃん(id:Ryu-Higa)の結婚式に出席した。子どもの様にちゃん付けで遊ぶのもいい加減にしろと思いつつ、しかしまだまだ遊びたい自分がずっと居る。
約7年前。このブログを勢いで始め、梅田さんという触媒のもっとも効果的な状況で、それは幸運と呼ぶしか言いようのない中、未だ尊敬できる皆さんに出会った。その、最初にコンタクトをとった比嘉ちゃんに、結婚式に呼ばれ、席の隣に金ちゃんが居るという笑ってしまうような状況は、僕の人生の「彩り」と言わずに何と言えばいいんだろうか。
7年前と今で、それぞれ大きく変わった。比嘉ちゃんはプライベートもビジネス面でも大きくステップアップした。金ちゃんは、広げた大風呂敷が足りないほどの状況となっている。「布を継ぎ足さなきゃ収まりません」と。何なんですか。
それと同じ様にここを通じて出会った皆さんの好転的な状況の変化を知り、心から(勝手に)嬉しく思っている。皆さんのその生き方が、好循環を間違いなく生んでいると思います。
そして、僕は、どうなんだろう。


その約1週間後、愛知県は三河安城で、その金ちゃんに会った。
金城さん。相変わらず、ここで言えないことばかりの仕事をされている。「散歩しながら話そうか」という提案のもと、地元情報を交えつつ、秋晴れの快適な気候の中、色んな話を聞いた。
もし、金城さんに「何か」があったら、僕は、中途半端に知りすぎた男として、消されるかもしれない。それくらい、楽しい話を聞かせてもらった。金城さんについて一ついえるのは、物理的/精神的ストレスのない環境の中(これが大事なんだと思う)で、ビジネスを粛々と遂行しているということだ。爽快な環境で、働く。それは、人生を自分に引き寄せている証拠だ。


そして、その約10日後、岡山に行った。
岡山と言えば、ヒロセ。ヒロセとは愛称で大学時代の親友。ビジネスでもひょんなことからお世話になっている。こういう期待のしていない角度からの依頼は、本当に有り難いと思う。僕は、幸運なのだ。
ヒロセは会えば、必ず何らかのサプライズと刺激をもらえる。ある意味、嘘みたいな人生を今でも送っている男。今回は、ヒロセが車での登場がすべてという「出落ち」だったけど、すごく楽しかった。友ちゃんもありがとう。
一つ感心したこと。思いのほか「まとも」に会社をやりくりしていて驚いた。いつからそんなに謙虚になったんだ。
何かを話したい訳じゃないけれど、その場のその空気で話していれば、必ず気付きがある。だから、会える距離なら会うべきだと思う。やっぱり、人は、会って話をしなきゃだめだ。


言いたかった結論が長くなったんだけれど、最近、立ち止まって物事を考えなくなったのか、ブログを綴れていない。それは、たぶん「今」が順調に推移している証拠なんじゃないかと、こうやって有意義に、人と話をしていて思ったことだ。

はい。これは、裏返せば言い訳とも言います。

多様性を認めるということ

それぞれの生き方の多様性を認めよう、という至極当たり前の話を。

みんな違って当たり前、それを前提として認めつつ、せっかく同じ時間を同じ空間で過ごしてるんだから楽しくやっていきましょうよ、ということなんですが。
目指したい「数字」や「ありたい形」が組織にはあって、それをみんなで力を合わせて頑張ろーってなった際、個々の考え方や取り組み方の違いにイライラしたり、排他的精神がにょきっと出てきたりして、時折「このままの状況が続くとやばいな」と立場上思うことがあります。というか最近よく思います。
例えば、ある教えやなんでもいいのですが宗教等に感銘を受けて、その成り立ちや仕組みを把握し、その理解が深まれば深まるほど他の組織の仕組みのおかしさや間違いに気がついていつしか批判を始めるようになる、といった本末転倒の状況のことです。

根本の「汝隣人を愛せよ」的なものがすっぽ抜けてしまうというか。

アーネスト・ヘミングウェイ(間違ってたらごめんなさい)「私は世界中の人たちが大好きだ。しかし、隣の親父は大嫌い」と言った様に、僕なんてうんうんと頷いてしまうし、その難しさたるや人としての永遠の課題かもしれない。

それでも。

話を戻し、色んな経験値や考え方が邪魔をしようが、いざこざがあったって、原点に立ち返ってそれぞれの生き方の多様性を認めて行こうよ、と思います。いつも、そうしたい/そうありたいと思っています。きれいごとであれ。

その状況に疲れた時に

ここ最近(というかなんだかいつもそうだけれど)気忙しい毎日を過ごしながら、仕事柄色んな方と毎日話をしているのですが、その話のさなかいつも思うのは、みんなそれぞれよく頑張ってるよなぁ、ということです。感想が稚拙だけれど、それしか出てこないくらい、みんながんばってるよなぁと思います。
仕事の延長線上で会う人たちのほとんどが、それぞれ日々を必死に生きていて、たぶん僕とその人達との違いがあるとすれば、時折優先すべき順位が違っているくらいで、誰しもその役割や持ち場を必死に守って生きているんだと思います。

そして、ふとその状況に疲れた時に、飛び出したくなるものなのかもな、と思います。

「明日、空いてたら行かないかい」
妻に前日に伝えて、つい先日、近場のよく行く別府の温泉宿へ飛び出してきました。いつもながら、何の前触れも無く急にやってしまう、僕の、飛び出し方です。ただ、行きたくなっただけじゃないか、と言われたらそれまでですが。

少し気持ちをニュートラルに戻してきました。仕事は、まだまだ溜まっておりますが。
それでも、明日も弱音を吐かずに乗り越えて行こうと思います。勝手な近況報告ですが、状況は、よくなっております。てすてす。

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忘却

ただいま25時42分、既に9月12日になっている。記憶を辿りながら、書こうと思う。
帰宅してすぐのこと、下川さんから電話。「あのさー、今ねぇ、中目黒のどこどこで飲んでるんだけど、来ないー」行ける訳が無いことを承知での愉快犯。その声、突然の電話に気遣いながら、陽気そのもの。相変わらず。笑うしかない。そこに一緒に連れ添って飲んでいた中山さんにも電話をかわる。「どうも〜、中山ですー。えへへ〜」。笑った。相変わらずの中山さんだ。気心の知れた友人2人が(若干の歳の差はあるにせよ)、愉快に飲み交わしている。双方少しばかり話をさせてもらい、うちの出産のお祝いの言葉をいただきながら、またの再会を誓い電話を切った。食卓に付き、下川さんと中山さんが飲んでるらしいんだ、と妻に伝え、買ってきたビールをあけ、秋刀魚とゴーヤチャンプルをいただいた。

9月11日だったのだ。

食後、風呂も入らず子ども達と一緒に布団に入り、こっそり布団を抜け出そうと試みるも一緒に寝落ちてしまう。先程シャワーを浴びて今に至る。食卓で、ちょっと残してきた仕事をする前に、こうやって書いている。ついさっき飲み残した缶ビールをグラスに注ぎ、氷を入れて飲みながら。

乾杯。
hayakarさんの命日を、すっかり忘れていたよ。25時過ぎにむくっと起き上がって、トイレに座って、iPhonefacebookを辿っていたら、りんたろーさんの投稿でハッとなった。ありがとう、りんたろーさん。昨日は命日だったのだ。9.11で、アメリカ同時多発テロと同じ日で、忘れる訳がないと思っていたのに。僕はすっかり忘れていた。まだ、2年しか経っていないのに。
下川さんと中山さんが一緒に飲んでいた。なのに気がつかなかった。彼らは知っていて、たぶん、そっと乾杯していたのだ。hayakarさんにまつわる人たち/仲間を思いながら、あの当時とそれほど変わっていない今を生きている。
僕は、こうやって色んなことをどんどん忘れて行くのだろうし、自分に都合のいいことを優先し、きっと、そうやってこれまでもたくさん忘れてきたのだと思う。思い出してはハッとなってを繰り返しながら。
それを、特に卑下する訳ではなく、また当然のこととして肯定する訳でもないのだけれど、何と言うべきか、それは自分がこれまでなんとか藻掻いて生きてきた「事実」という他に無い気もする。良くも悪くも。申し訳ない気もするけれど。

2020年に東京オリンピックが決まったこと、hayakarさん、何て言うんだろうな。もしかしたら、案外楽しみにしていたかもしれない。


hayakarさん、イラスト拝借。
忘れてて、ごめんなさい。薄いビールで、改めて乾杯。

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備忘録、2013年(平成25)8月16日

夏休み。
11日から子どもを両実家へ数日交互にあずかってもらいながら、15日、こちらは身重の妻とジブリの風立ちぬを観て、買い物をして、と実にゆったりとした時間を久しぶりに過ごす。のんびり時間を気にせず外食をし、買い物をする新鮮さ。
風立ちぬ、良かったです。戦時中という時代背景を、ギリギリのところで描く苦悩が見て取れました。僕は、あの描き方でいいんだと思います。えらそーですが。
翌16日、1人で子どもを迎えに実家へ車を走らせ着いた途端に妻より電話。タクシーで病院へ向かったとのこと。とんぼ返りで1時間半後に僕も病院へ着く。そして14時55分、待望の第三子が産まれる。大袈裟でなく、我が身に余る喜び。
ようこそ我が家へ。

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お礼の言葉を頂いた皆様、優しくそっと見守って頂いた皆様、本当にありがとうございました。感謝しかありません。

自分の人生が、家族によって支えられていることを、この30代の10年間で痛いほど体感している最中です。叩けばいくらでもホコリの出る僕ですが、これからも頑張って行きます。