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勇気と想像力、そして少々のお金

きれいごとを言わない、をモットーにしてますが、時折言ってます。

ギアチェンジしながら

数日前の夜、テレビのHDD録画でまだ見ていなかった桂枝雀の特集(BSHi)を見た。よめさん達は実家へ帰省中で大体ひとりの夜にはHDD録画をみる。30代後半の枝雀落語を初めてみて、食い入るようにテレビにかぶりついていた。創作落語の「天神山」の途中で睡魔と格闘しながら、しまいにはウトウトと寝てしまった訳ですが。
一昨日、三上さんのブログと、そこで紹介されていた松本さんのブログを読み、人生の過程で起る「ギアチェンジ」という考え方、在りようについて、妙に納得がいった。そして、数日前ひとり食い入るように見ていた桂枝雀の姿を思い出した。

「ギアチェンジ」ーー佐野眞一さんのルポから

http://blogs.dion.ne.jp/kamuronotai/archives/9089481.html

最近、特に同世代の不幸事を見聞きする。その度にやるせなく、でも、どこか日常化してて。色んな言葉の言い回しの中で想像力の要らない簡単なくくりでいつも片付けられていく。僕自身の中でも。言葉は便利だ。身体の奥で感じる鈍痛の後、例えば「病気だから」というくくりでブラックボックスに放り込んでくれる。それが、とても後味の悪い行為だと分かっていても。答えを出す必要のないものにほど、模範解答を探り合うから行為としては始末が悪い。
家族はもちろん、定期的に会う友達や、仕事上で付き合う人も含めて、自分の「手」の届く範囲の中で、本当に少しずつ学習しながら、それを大事に抱え、時に共有しながら、寄り添い、生きていくしかないのだと思う。
そして、つくづく自分は家族に支えられてるんだと自覚する。誰にもあるように、深い闇を勝手に抱えていたアホな時代を思い出し、今は「いやぁ、ホントありがたいなぁ」と。素直に有り難いのだ。だからこそきっと、今ここにいる現実をもっと自覚したほうがいいのだろう。


「ウソの雪で遊ぶ息子」
*1

*1:iPhoneUstreamアプリで撮ってYouTubeへアップ。コマ送りみたいで動画とはまだまだ呼べないなぁ。