勇気と想像力、そして少々のお金

きれいごとを言わない、をモットーにしてますが、時折言ってます。

ときめきに死す/丸山健二

読み終えた今、物語の結末に正直驚きつつ、とにかく書いておこうという気持ちだけで感想を書きます。読みやすく、良い物語でした。

ときめきに死す

ときめきに死す


そもそもの発端は、中山さんのエントリーに触発されてのことなのです。

「久しぶりの丸山健二
http://d.hatena.ne.jp/taknakayama/20080909/p1
「真面目に生きないと丸山健二に嘲笑されるぞ」
http://d.hatena.ne.jp/taknakayama/20080912/p1
吉本隆明丸山健二を褒めると」
http://d.hatena.ne.jp/taknakayama/20080913/p1

この9月9日から中山さんの魔の「丸山健二」週間が始まり、吉本隆明が出てきたあたりで僕は、もう降参!の声を上げ、「ときめきに死す」を注文したのです。
気になる結末はもちろん、この物語の作りこみ方の精度の高さに最後まで引っ張られていきました。
何というか、ほとんどの事をぼかしたまま、男の沈黙した感情の起伏にのみフォーカスして最初から最後まで話が進んで行きます。
つまりどういうことかといえば、「S」というかつての同級生から、たぶん20代であろう「青年」の面倒を数日間頼まれた、40代の「男(主人公)」と、その男になついてしまった「むく犬」、という抽象的な事実以上のことは‘ほとんど’出てきません。
「S」が表社会の人間では無い様だけれど何者かも触れず、20代であろう青年がある使命を担っているであろうことは想像の範囲内でしかわからず、主人公の男は3年前に仕事を辞め家族にも見放され、生きているのか死んでいるのかわからない状況の中で「S]からの依頼を受けるわけです。
物語のストーリーが主人公のまるであやふやな想像の中で進んで行きます。しかし現実は着実によりクリアに進んで行くわけです。
男はタクシーの運転手との会話から青年の目的を確信します。

「一体誰がくるんだね?」
運転手は小学生でも知っている男の名前を呼び捨てにした。

この男を殺すために青年は存在しているのであろうな、というあくまでも‘想像’なんです。ただ、現実はその日に向けて少しずつ確実に動いていきます。そして、男はその想像を確信し、生命力を取り戻すかのように、血液が脈打ちだします。
ときめきに死す。
主人公は‘ときめき’という湧き上がってくる感情の光にじわじわと魅了されていきます。40年間の人生はその日のためにあるのではないかと思いはじめます。そして「一寸先は光だ」とつぶやきます。
3年前までは、周りからの評価も高く誰よりも仕事をこなしてきた男は、その本人にもわからない‘何か’の変化で、ぷつっと突然仕事を辞め、漁師になりたいなどと夢物語を語り、何もせず、家族に見放され放心のまま暮らす毎日。そこに降って沸いたような非現実的な現実。そして、その状況を全てを見透かされているであろう「S」の依頼を、ただ引き受けた男。
そして、対照的にすこぶる健康的な青年。
物語に危険で不穏な匂いを立たせずに、男の中にうごめく沈黙の中の‘ときめき’をえぐっていきます。
クライマックスに向けて、男はある覚悟と決意を持ち、青年に対して積極的に関わっていきます。男がある意味‘健康的’になってしまうのです。


そして、物々しい警備の中、男と青年は当日を迎え、車で「小学生でも知っている有名な男」の到着する場所に臨む。買い物をしにちょっと車を出た隙に、青年の姿は無く、必死に青年を探し回る男。すぐ側では到着し大歓迎される有名な男。青年は?男は?Sは?


読み終えた今、その結末に、僕は苛立ちも無ければ失望も無い。ただ、その事実を受け止めることしか出来ない。そういうことなんだ、と。