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勇気と想像力、そして少々のお金

きれいごとを言わない、をモットーにしてますが、時折言ってます。

何かのせい

何日か前の事、覚えて無いほど久しぶりに昼間の会食(酒あり)をした。かねてよりまた時間を合わせて色々と話しましょうよと言っていた人とである。近所でありながら非常に過ごしやすい場所を押さえてくれて、若干値段はするものの夜の飲み会と考えればそう大差のない金額だった。
彼とは(便宜上そう呼ぶけれど)僕より一回り上の40台中盤で、会社員(ある会社の管理職)でありながらもその延長線上で別の事業もやっていたりと、端から見れば多忙な生活を送っている人だ。また、僕と同じ様に小学生にあがる前の子どもがいる。ただ僕と違うのは、彼の奥さんもこれまたやり手なので別の会社でまた管理職をしていて、子育ての時間の夫婦の配分はほぼ折半でやっている。本当によくやっているなと聞きながらいつも感心する。僕なんか妻に丸投げなのに。
彼とは特にビジネスでの繋がりは無いんだけれど、たまに会って話をしたいなと思えてすぐに会える距離にいるという数少ない人なので、年に一度か二度はお酒を交えて色々と話す。
で、前置きが長くなったけれど、彼と話しながら最近思っていた事を反芻したので改めて。
色んな「もし」の話で。
「もし、今子どもが大きくなってて自分に時間の自由が利くならば、間違いなく仕事に没頭できている。実は、もっとやりたくて仕方が無い。今は、その50%ですよ。でも、その制約こそが、今の自分の人生を面白くしているのかもしれない(後略)」
どんな話であれ、妻の事や他人を一切悪く言わない彼独特の話に耳を傾け、こちらの思う事も都度いいながら、明るい時間帯に楽しく過ごさせてもらった。


吉本隆明が、平等さというか人との違い(同じさ)について語っていた一節があって、何の本だかエッセイだったか忘れたけれど、「もし、人それぞれが平等ということが言えるとしたら何か。生れ落ちた境遇や親や名前は選べない。ただ、その後に、どのように生きてきたか、という部分に関しては、誰のせいでもない、あなたのせいですよ、ということが言えるのではないでしょうか」という感じの内容だったと思う。


彼との話に戻るけれど、改めて気付かされ反芻したのは、趣味にせよ仕事にせよ子育てにせよ、自分が何をするにせよ、自分の置かれた状況を使って言い訳をするような生き方をしちゃダメ、ということなんです。
最近、便利さもあってちょっと言葉に困ると「世の中のせい」にしたりする自分がいたので自戒を込めて。


2012-12-1