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勇気と想像力、そして少々のお金

きれいごとを言わない、をモットーにしてますが、時折言ってます。

文明論とは

原発

数日前の朝日新聞。作家高橋源一郎の長い寄稿が載っていた。
内容は震災と原発(とテロ)についてこれまでの経緯を、過去の色んな人の発言を示しながら、この原発というテーマが切迫したものであればあるほど、逆に広く、遠く、枠を広げて論じる姿を見たいというスタンスで、キーワードとなる「文明論」を展開していった(と思う)。これが、面白かった。

どうしても問題となる核廃棄物について。
いつかのネット対談での、経済学者イケダノブオと政治家河野太郎のやり取りについて。イケノブさんの「廃棄物は日本海溝の下に埋めるか、シベリアやモンゴルに金で引き取ってもらえば?」という挑発的な質問に対して、河野太郎が「ずっと先の世代を縛るわけにはいかない、それは、経済合理性の問題ではなく、文明論に近い問題だのだ」と答えた一幕。
このことを高橋は、これまで私達が議論の外に置いてきた、まだ存在せぬ人々のことを、この問題の大切な関係者として召還させたひとつの例として、これまでの「正規の思想」にはなかったことなんじゃないかと。
もうひとつ、高橋がここで上げていた中沢新一*1の難解な引用を抜粋。
中沢は、「生物の生きる生態圏の内部に、太陽圏に属する核反応の過程を『無媒介』のままに持ち込んだ」原子力発電は、他のエネルギー利用とは本質的に異なり、我々の生態系の安定を破壊する、とした上で、さらに踏み込んで、本来そこに所属しない「外部」を、我々の生態圏に持ち込む有り様は、一神教と同じとする、と。
難解で、かつ一神教に飛躍する展開に読みつつびっくりするけれど、それは突飛な考えとも思えない。僕が、自分の持ちうるすべての感覚を使っても、触れることも確認することも出来ない存在は、時に憧れの対象にもなるし、時として強烈な畏怖にも変わるから。

*1:「日本の大転換(上)」(すばる6月号)