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勇気と想像力、そして少々のお金

きれいごとを言わない、をモットーにしてますが、時折言ってます。

人生山あり谷あり、それでも飲み会

日常 仕事

先月末の約10日間程でしょうか、首の皮一枚の精神状態で必死に溜まった/やるべき業務をこなし、今日無事、峠を越えました。あー嬉しい、ほっ。遠くにまたゴツゴツした山がチラっと見えていますが、今は知らんぷりです。東京出張で羽を伸ばしすぎたのか、人生見事に振り子の原理です。ストレス最高潮の折り、自宅でもプリプリしていたようで、それが余計に子育て疲れの嫁さんの機嫌も損ね、一週間ほど前でしょうか、夫婦間のたまに飛び出すちくちくと刺の含んだ言葉の応酬のあと、(妻)「東京で半分遊んできたんだからいいじゃない(ふーんっ)」と言われて、「それは違う、ただ遊んだんじゃないんだ、オレは本気で遊んだんだ!」と喉元まで出てきた言葉を‘ぐっ’とこらえたのは正解だったなと、ぼんやり回想しております。ま、事実、東京出張での仕事のことはほとんど話せていないので、嫁さんから見れば愉快なお友だちと遊んできたとしか思えないのも当たり前なんですが。ま、そんな月末の多忙+家庭内喧騒のあと、今ではお互いニュートラル。きっと、仲良しこよし。これまでと変わらず、それぞれの役割を尊重したいです。
仕事の話になるのですが、僕の勤務状況は(ほぼ)自営業なので、当然時間外手当や休日手当など、時間給的なものは基本的に存在しない訳です(あ、厳密にはありますので)。だから、やろうがやるまいがあなたの勝手でしょ、という立場/状況にあります。また、たくさん時間使って働いた=たくさん稼げる、では無いことです。ま、ここではお金云々の話は置いといて。で、自分のこの状況で大事だなと常々思っているのは、根本的に怠け者である自分に、(例えば家族を養えるように、また、より良く生きるために)しっかり仕事をさせようと思うならば、仕事をせざる得ない状況を常に自分で作っていくしかない、ということです。その、働く(動く)しかない状況を、他人ではなく自分が作っていくこと、それが仕事の「継続」に繋がっていくし、それこそが根本的な「仕事」なんじゃないかと思っています。それが出来なくなった時、向こう5年か長くて10年で現状の仕事は終えてしまうのかもしれません。それが出来なきゃ続ける資格は無いわけですから、勝手にそう判断していますし、ちょっとした決意でもあります。これは、あくまで僕の場合の話ですから。ただ、ここで言う「仕事」の範囲については、家事も子育ても全て入ると思っています。やらされてると続かないのは同じですから。

さて、話は今月の飲み会に移りまして、ちょっと単身赴任で福岡に来ている目下ホームシック中の辻さん(id:satts)をひやかしに行ってきます。クローズ(漫画)を読んだりして自分を盛り上げているようですから。日時は、再来週の13日(火)、夕方5時過ぎ。明るいうちから適当に中洲の屋台で飲んだくれる予定です。何件はしごできるかな。
では、来れそうな方、ぜひ。