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勇気と想像力、そして少々のお金

きれいごとを言わない、をモットーにしてますが、時折言ってます。

古田選手兼任監督、引退。

2007年9月19日、非常に悔しさがにじみ出る、引退会見だった。
普通の引退会見と違い、古田の場合は選手生命との決別、そして監督としての引責辞任という2つの引退だった。
これは、プロの野球人としては、あまりにもきつく辛い状況であることは、想像に難くない。そういった意味で、会見中に泣きながら古田の口からこぼれた「・・・くそっ・・・、くそぅ」という小さな声に、その‘言葉に出来ない想い’を感じ、ズンと胸を突かれた。
結局、選手としての続行を願っていた古田は、球団の危機的状況に突き動かされ、2年半前に選手兼任監督を引き受け、球団の盛り上がりとは裏腹に、自身の選手としての寿命を縮めることに繋がった。結果論だが。
監督業は、初年度の3位で何とか結果を残したものの、今年の不振、何より選手獲得をめぐってのフロントとの確執が大きかったのではないか。
3年はやってほしかったが、2年という短期での引退を決意せざるを得なかった、古田の心情を思うと、あまりに無念だ。
選手としても、監督としても、古田の納得の行く形での引退ではないのだから。

「・・・応援していただいたファンの皆様へは、ただただ感謝ですし、寂しいというよりも、悔しいという想いですね。  残り18試合をひとつでも多く勝てるように頑張ります・・・」

と話した古田。
これ以上でも、これ以下でもない最後の言葉だった。
僕が学生時代にヤクルトファンになる大きな要因を作ってくれた、古田の引退会見は、僕にはただただ悲しいシーンになってしまった。
またいつの日か、古田ヤクルトの黄金時代を待っている。