勇気と想像力、そして少々のお金

きれいごとを言わない、をモットーにしてますが、時折言ってます。

「生物と無生物のあいだ」

やっと読み終えた。

生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)

生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)


現在捉えられている2重螺旋構造の遺伝子が、どのように発見され現在に至ったのかを、歴史を紐解きながら進んでいく。そこには生々しい「人間の業」が隠されていて、歴史的発見を日々目指す研究者達の姿をいろんな角度から描き出している。

門外漢の僕にとっては、読み終えるまでに普通の本の2倍はかかった。自分が研究者には向かないなと改めて実感した。

ただ、著者の福岡伸一さんは本当に文章がうまい。最後のエピローグで、10数ページの幼年期の回想文を書いているのだが、ググッとその世界に引き込まれていく。

<文中抜粋>
ある日、住宅のはずれの植え込みの陰に小さな楕円形の白い卵を見つけた。トカゲの卵だった。その場所にいつもトカゲが出没するのを私は知っていたので、その卵が何であるかすぐにわかった。
私はそれをそっと持ち帰って土を敷いた小箱にいれて毎日観察した。乾き過ぎないように時々霧吹きで湿り気を与えた。しかし何日経っても何事も起きなかった。
少年の心はずっとはやっていた。待ちきれなくなった私は、卵に微少な穴を開けて内部を見てみようと決意した。もし内部が‘生きて’いたらそっと殻を閉じれば良い。
私は準備した針とピンセットを使って注意深く、殻を小さく四角形に切り取って覗き穴を作った。するとどうだろう。中には、卵黄をお腹に抱いた小さなトカゲの赤ちゃんが、不釣合いに大きな頭を丸めるように、静かに眠っていた。
次の瞬間、私は見てはいけないものを見たような気がして、すぐにふたを閉じようとした。
まもなく私は、自分が行ってしまったことが取り返しのつかないことを悟った。殻を接着剤で閉じることはできても、そこに息づいていたものを元通りにはできないということを。いったん外気に触れたトカゲの赤ちゃんは、徐々に腐り始め、形が溶けていった。


この体験は長い間、苦い思いとともに私の内部に澱(おり)となって残った。まぎれもなく、これは私にとってのセンス・オブ・ワンダーであったのだ。それはこうして生物学者になった今でも、どこかに宿っている諦観のようなものかもしれない。

少年の日々の出来事が、事の本質を見事に描写している。