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勇気と想像力、そして少々のお金

きれいごとを言わない、をモットーにしてますが、時折言ってます。

ウェブを面白がる年寄りが面白がった二人の対談

という題で、養老孟子が「ウェブ人間論」の書評をForesight今週号に書いている。
基本的に二人の対談を面白く傾聴しているスタンスで、

(中略) 時代というものがあって、今の時代は年寄りが威張る。そのつもりはなくても、生きている以上、ジャマになるものは仕方がない。
そんな時代に若い人はどうすればいいか。一番まともな生き方は、年寄りがダメな世界で頑張ること。
ならばウェブは格好の分野ではないか。

そのとおり。
上手な書評の書き方が、本の内容の良い点を洗い出しながら最終的に本の内容に沿った独自の考え方を記すのがベストだとすれば、この養老さんの書評はベストで、非常に示唆に富んでいた。

最後に年寄りの意地悪を一言。
世界は二つに分かれる。「脳が作った世界(=脳化社会)」と「脳を作った世界(自然、といってもいい)」である。
私は「脳を作った世界」にしか本当は関心がない。本書で言われる「リアル社会」を、私はかねがね「脳化社会」と呼んできた。
ネットの世界は、私から見れば「リアル社会」がより鈍化したものである。「ネットに載る以前の存在」を「どうネットに載せるのか」、それだけが私の関心事だったし、今でもそうである。
ネットに載ったらそれは情報で、私の真の関心は情報化そのものにある。
なぜなら私は年寄りで、情報化社会以前に発生した人間だからである。
山中に閑居した李白は詠む。別に天地あり、人間にあらず。この人間はジンカン、つまり世間のことである。

世の中の方向性が正しいのか正しくないのか、それは誰にも分からないが、進んでいる分野ごとに角度を変えてものが言える人はきっと大事だ。
筑紫哲也が世界で活躍する企業の社長に常に聞く言葉があるという。
『それで人間は幸せになりますか。』